posted by ogawa on 2010/09/04 [土]
posted by ogawa on 2010/09/02 [木]
カント著『啓蒙とは何か』中山元(訳)/ 光文社古典新訳文庫 680円
最近気になるカント。
ちょうどサンデル教授の本を読んでいて、カントの理論がすんなり頭に入ってくることが彼に興味をもった理由(ベンサムとかミルとかはさっぱり頭に入り切らず・・・)。
ちょっと気合いを入れて『純粋理性批判』でも読んでみようかなぁと思っていた矢先に、いつぞやの東洋経済でこの本が紹介されていたので、Amazonの「ほしい物リスト」に追加された次第です。
東洋経済内の著書説明から以下のカントの主張をピックアップ。
- 啓蒙とは、人間が自ら招いた「未成年の状態」から抜け出ること。
- 「未成年の状態」とは、他人の指示を仰がなければ自分の「理性」をつかうことができない状況のこと。
- 人間が「理性」を使わないのは、死ぬまで他人の指示を仰ぎたいと思っているから。その原因は、人間の怠慢と臆病にある。「未成年の状態」にいることは楽だから。
- 人々は「理性」を使う訓練すらうけていない。人々には常に「未成年の状態」にしておく(されておく)ための様々な法規や決まりごとが設けられている。
- こうした状況に陥る理由は、「あつかましくも他人の後見人と僭称したがる人々が跡を立たない」ため。
- 考えない人たちの背後で、悪がしこい後見人たちがてぐすねを引いて待っている。
- 「後見人とやらは、飼っている家畜たちを愚かな者のままにしよう」とする。
- 考えない人は、家畜と同じ。
- 「私的な理性」と「公的な理性」。
- 「理性」の「私的な利用」は場合によっては制限されてもやむをえないと考える。
- 「公的な理性」とは、一個の人間として大きな視点で考えること。
- 「私的な理性」から「公的な理性」へ進むことが、カントが説く啓蒙の成果。
楽をしたいと思うのが人間の本性であり、素性であるとするカント。「楽をする」ことは一方で、誰かに利用されるだけの存在「家畜」であると鋭く指摘する。誰かに操られて生きるのではなく、自らの「自由意志」を持つことを主張する。まずは、自らの信じる規律に従って行動すること(「私的な理性」)。「私的な理性」を持ったのち、できるだけ大きな視野で「理性」を高めることが「啓蒙」であるとする。
「自由意志」は我侭に生きるということでは断じてないとカントは言っているが、これは少々複雑なので割愛。
で、そのほか哲学書の解説本として以下が紹介されていたので、備忘。
- プラトン『ソクラテスの弁明』
- デカルト『方法序説』
- ショウペンハウエル『読書について』
- ヘーゲル『哲学入門』
posted by ogawa on 2010/09/01 [水]
それこそバブル世代の人の考えることは、就職氷河期に社会に出てきた30台前半の世代にはそれこそ、一般的にゆとり世代に向けられる感情に似たものを感じる。違うかな?
posted by ogawa on 2010/09/01 [水]
社会でスクスク育ったことで仕事観や職業観に偏りがあるバブル世代管理職の目の前に、わけのわからない合理主義を主張する若者がやってきたら、バブルの恩恵を十分に受けられなかった鬱屈した社会への不満が「ゆとり」という社会悪へと矛先が向けられるのは自然の成り行きと思われる。
posted by ogawa on 2010/09/01 [水]
目の前にあることが刹那的で、深い意味を持てないという点で、現代の若者とバブル世代の価値観はとても似ていると思う。「目の前にある社会や仕事が全て(リアル)ではない」と考えている点。
posted by ogawa on 2010/09/01 [水]
で、現代の若者を見て「価値観が違う」と声高に叫んでいる多数がバブル世代の人たちなのでは?と推論中。
posted by ogawa on 2010/09/01 [水]
「ゆとり世代」と言われている人たちは、要は価値観が違う人が多い世代であって、過去にも「新人類」と言われた人たちとなんら変わらない。つまりは若者ってこと。
posted by ogawa on 2010/09/01 [水]
実際のゆとり教育は現在の40歳台の人の頃から徐々に始まっていて、正確なゆとり世代て結構長いスパンなんだってね。
posted by ogawa on 2010/09/01 [水]
ゆとり世代と言われている世代は、「ゆとり教育宣言」をして、なにかと競争を制限しようとした時代の急激にゆるやかな(実際は激しく)教育方針を示した教育指導要領下で育った人をさす。
posted by ogawa on 2010/09/01 [水]
最近「ゆとり一年目」の社会人について議論がされているみたいだけど、バブル入社世代の社会人と共通点が結構あると思うなぁ。
posted by ogawa on 2010/09/01 [水]
「人は、その人のみに成長するにあらず」。人は二種類いて、「人を育てるための人」と「人に育てられる人」。自分は後者でありたいと思っていたけど、つまりはあらゆる人を鑑にしていこうと、鑑になるのは嫌だと。でも表裏一体で相互依存なんだと最近気がついた。
posted by ogawa on 2010/08/30 [月]
この3つの文化変革のうち、名が残っているグーテンベルクは事実上3000年のうち最大の発明家ということか?
posted by ogawa on 2010/08/30 [月]
西欧文明3000年の歴史における3つの変革。第一の革命、アルファベットの発明。第二の革命、グーテンベルクによる印刷機の発明。第三の革命、20世紀の電子技術の進展によるテレビの発明。
posted by ogawa on 2010/08/30 [月]
絶望的状態であるにもかかわらず、そのことを認識できず、うまくいっていると勘違いしている状態。
こういう状態って結構あるよな。
て、俺がか?
キルケゴール(セーレン・オービエ・キェルケゴール)は、19世紀デンマークの哲学者。著書「死に至る病」は有名。どんなに現実で夢や目標に向かって頑張っても、死によってもたらされる絶望である死を回避することはできない、という考え。そして、神による救済の可能性のみが信じられるとした。
つまり、『非本来的絶望』とは、「もともと考えている状況とは違う状況なのにわかっていない状態」。「的」というのは、「ぽい」とか「なんちゃって」ということなのだろう。漢字6文字でこれだけ含蓄ある言葉もない。
posted by ogawa on 2010/08/28 [土]
posted by ogawa on 2010/08/28 [土]
自宅クラウドのネットワーク環境は整った。
最終目標は、現在利用しているクラウドの完全自宅クラウド移行でしょう。
今使っているクラウドサービスは、こんな感じ。
- Gmail
- Googleカレンダー
- Evernote
- Yahooメール(転送用)
- Tumblr
- YouTube
- Flickr
もっとも利用率の高いサービスがメールか。
これはウィルスの管理とか面倒なのケアが省けるし、それほど重要な情報をやり取りしてるわけでもないから良いか。
記録しておくべきデータをクラウド化するということで良いか。
YouTubeもちょっとクラウド化する必要はなかろうかとも思うけど、自分の作品などは保存しておくと便利かもしれない。持ち歩き用として。
完全移行させるために必要なことは、やはり携帯自体の速度の問題もある。
3G回線であと2倍くらいの速度が出るともっと面白いことになるんだけどなぁ。
posted by ogawa on 2010/08/28 [土]
人の上に立つ人の怒りは、自己の不利益へ対象が向かうのではなく、義憤でなくてはならない、と私は思う。
posted by ogawa on 2010/08/28 [土]
怒りは感情の中でも内的なものよりも外的なものの方が多い。外に向けられる感情は、外向けへの防御だからその人の内面を反映しやすい。
posted by ogawa on 2010/08/28 [土]
「人を見るときは、その人の言葉を見るのではなく、その人がどこで怒るのかを見ること」とは誰が言ったか。素晴らしい考え方だ。
posted by ogawa on 2010/08/26 [木]
久しぶりに素晴らしいアートに出会った。
きっかけは、Yahoo!JAPANの特別企画「エベレストNOW!」の題字。
迫力があって、勢いがあって、バランスが絶妙で、絵心に飛んだ、飛び過ぎていない「書」然とした意匠。
すばらし過ぎです。
ということで、紫舟氏のウェブサイトをチェックしてみると、「龍馬伝」の題字も書かれていたんですね。
氏の初期段階の作品はちょっと飛び過ぎていてアレですが、最近の書は素晴らしいです。
ということで、氏のサイトを。
『書家紫舟HP」
http://www.e-sisyu.com/